- 小林 孝寿さん(建築デザイナー)
- こばやし・たかひさ|空間デザインをまなび、Style&Decoへ入社。住宅・店舗設計や不動産仲介などを担当し、その後、施工経験を積むためにtoolboxへ。3年後の2022年に独立し、「然(SHIKARI)」を立ち上げ設計・施工を請け負っている。
- shikari.design
時間がなかったから、空っぽにした。
いわば住まいのプロフェッショナルである小林さんが、中古住宅をフルリノベーションしたのは2020年のこと。妻と息子と3人で暮らす2階建ては、「壁紙や床を取り払い、スケルトンの状態にしただけ」とさらり打ち明けたとおり、凝ったつくりや華美な装飾が見られず、誤解を恐れず言うと殺風景ですらある。
この場所で暮らしはじめる直前まで、仕事の都合で妻と息子さんは島根県で暮らし、小林さんは千葉県で暮らす父親の家に居候していたが、妻の転職が急遽決まったことで、3人一緒に暮らす新しい住まいについて、唐突に考える必要に迫られた。
「かなり急なことだったので、正直、どんな家にするか考える暇もありませんでした……」
ちょうどそのタイミングで知人から紹介されたのが、知人の祖母が昔暮らしていたという空き家。80年代初頭によく建てられた古い公団のような住宅で、年季はかなりのものだった。というか、ほとんどボロボロの状態だったという。
「でも、十分な広さがあって、妻の実家も近かったことから、そこに住むことに即決しました。それからは、『とりあえず住めるように』と突貫工事。とにかく時間との勝負だったので、『ワクワクみたいなのは無しで』と割り切って。フルリノベといっても、内装をぜんぶ剥がしただけなので、直したんだか、壊したんだか(笑)」
時間と引き換えとはいえ大胆な選択に踏み切ることができた背景には、それまで仕事で付き合ってきたさまざまなお客さんや住まいから心得たことが、大いに関係しているという。「“どこまで無しで暮らせるか”に興味があったんです」と、そのときの心境を振り返る小林さん。
「『建物そのものでも、暮らしは意外と成り立つ』というようなお話を、お客さまから耳にすることが多くて。住まいに力みなく向き合えたのは、そのおかげです」
プロとして自分の住まいに向き合ったとき、その背中を押したのは、ほかでもなく住まいの仕事で出会ったお客さん、もとい人生の諸先輩の言葉だった。
「やろうと思えば無限に手を入れられる住まいづくりですが、『ここまでにしよう』とすっぱり決められる方が、とくに僕より上の世代に多かったんです。自分たちの納得感に重きを置く彼らの姿を見て、“家に縛られない距離感”って素敵だな、と感じていました」
少しずつ手放すモノと、それでも選ぶモノ。
ほぼスケルトンにしたことで、収納も、そなえつけはほぼゼロに。
一方、ふた家族が1つの場所に集合したことで、単純計算で家具や家電は2倍。当然それらを整理する必要に駆られたが、そのときによみがえったのも、やはり仕事で関わってきたお客さんたちの言葉やアイデアだった。
「“どこまでモノを持つべきか”。さきほどと同じように素敵なお客さまたちに教わってきたことから、今度は我が身のこととして捉えるようになりました」
上手に線引きしながら暮らす諸先輩に感化され、家具や家電をどうするかからさらに一歩踏み込み、なにを手放しなにを残すかを全方位的に考えるようになったのだとか。
「さまざまな年齢のお客さまがいらっしゃいましたが、みなさん、たくさん持っていたところから手放すフェーズへ、どこかで転じるタイミングがあるようで。僕もいい歳なので、手放せるものからちょっとずつ手放してみようと思って」
そうした生き方やアイデアが小林さんの心にすんなり落ちてきたのは、きっとひとえに、新しい生活のスタートを切るにあたって、住まいをきっぱりリセットしたから。
かくして、本や洋服といった日用品や嗜好品を、徐々に減らしているいま、「ラクでいいですよ。選ばずに済むので」と、その効用もひしひしと実感中。では逆に、家具やインテリアなどを残したり選んだりする基準は?
「たとえばUSMのサイドボードは、うちでは数少ない収納家具のひとつ。バラして組み替えられる仕様が気に入っています。いつかまた別の場所へ移り住んだとしても使えますし、子どもが大きくなってひとり暮らしをはじめるときに与え継ぐこともできますし」
かたや、息子さんのおもちゃ入れやキッチン収納として、りんご箱も使われている。それらふたつは、まったく別のものに見えて、場所や時間を超えて使い継ぐことができるという点で、非常に似通っているのだろう。
暮らし方に応じて、機能をあとから足す。
「うちは全員インドア好きなんです。休日は、ちょっと特別なご飯を作って、大人たちはお酒を、息子はそれを横目に大好きなおつまみを楽しみつつ、みんなでくだらない話をして過ごすのがルーティン」
ダイニングは、そうした家族団欒のための場。そこに置かれたフリッツハンセンのラウンドテーブルは少し小ぶりなモデルで、3人で使うにはスペースと距離感がちょうどいいのだとか。
また、デスクワークの多い小林さんにとって、ダイニングは快適な仕事場でもある。
「キッチンを挟んで向こう側のリビングからダイニングまで、風が気持ちよく通るんですよ。リビングには大事に育てている植物があって、ここからそれを眺められるのもいいんですよね。仕事の合間にぼーっと植物を眺める時間が癒しです」
キッチンは、「お世辞にも広いとは言えない」だけに、空間を可能なかぎり活かすよう設計したという。
キッチン台は横にたっぷりと長く、台の下は棚を付け足すことで収納にできるように。というのも、ここに収納が必要かどうか設計時に判断できなかったので、とりあえず余白を残したのだとか。
「いまのところ収納棚はつけていません。その代わり、キッチン台の反対側にある冷蔵庫の横に、近々キャビネットをしつらえようと思っています」
住まいが身軽なら、身も心も軽い。
「極端に時間がなかった」というマイナスを、住まいづくりの諸先輩からの言葉を信じ実践することで、プラスに転じた小林さん。しばらく暮らしてみた結果、「この路線で、やはり間違っていなかった」と確信を得ているようだ。
「フリーランスになったばかりのこのタイミングに、住まいが身軽でよかった。そう思うんです。住まいにこだわりすぎたり、モノを持ちすぎていたりすると、それに見合うだけの仕事をしなければ、と力みすぎてしまう気がする。そういう意味で、この家は、いまの自分に本当にちょうどよかった」
まっさらな状態の住まいで新たな暮らしをはじめたからこそ。そして、“徐々に手放す”というアイデアを得て、実践してきたからこそ。身も軽く、心も軽く、暮らしや生き方がぐっと身の丈に合ってきたに、きっと違いない。
picked up toolbox item
最後に、小林さんが住まいに取り入れた「toolbox」のアイテムを紹介。住まいのプロフェッショナルが選んだ偏愛パーツを、自分たちの家づくりの参考にしたい。
住む前も、住んでからも。暮らしを楽しみ続ける家「ZERO-CUBE TOOLS」。
内装に素っ気ない意匠を好む小林さんは、そうしたアイテムを多く取り揃えるtoolboxを、住まいの随所に取り入れている。細かなオーダーに対応してくれるところも大きな魅力だとか。
そんなtoolboxとLIFE LABELがコラボレートした住宅「ZERO-CUBE TOOLS」は、シンプルな住まいに自分の“色”を自由に加えていきたいひとにおあつらえだ。
- Photo/Sana Kondo
- Text/Masahiro Kosaka(CORNELL)
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