豊かな自然と娯楽の行き来。メリハリ最高の田舎暮らし。
ガラスの質感を大切に、それでいてガラスとは思えないほど柔らかな曲線が美しい器で知られる「STUDIO PREPA」。作品は平勝久さん・瑞穂さん夫妻によって生み出され、創作拠点は自然豊かな小さな村。その一角にアトリエと自宅を構え、職住一体の暮らしを送る夫妻の生活を覗きに伺うと、見えてきたのは田舎暮らしを最高にする“メリハリ”の重要性だった。
- 平 勝久/瑞穂さん
- ひら・かつひさ/みずほ|それぞれがガラス制作を学び、1999年に「STUDIO PREPA(スタジオ プレパ)」を設立。2008年に長野県南部にアトリエと自宅を構え、デザインから製作まで、すべてを自らの手で行っている。
- Instagram - @studioprepa
創作と暮らしの拠点は、豊かな自然が広がる小さな村。
平勝久さん・瑞穂さん夫妻は、宙吹きガラスの工房「STUDIO PREPA」を営む。その拠点は、長野県南部に位置する小さな村。南信の豊かな自然が広がる土地にアトリエを構えたのも、理由は宙吹きガラスにある。
宙吹きガラスは暑さとの戦い。1000℃以上の熱で溶かしたガラスに息を吹き込み成型するため、アトリエの室温は相当な高さに。そこで、比較的気温の低い土地であることはガラス工房には好条件。夫妻が創作拠点に選んだ小さな村はアルプスの山々に抱かれ、標高の高さから夏も涼やかな風が吹く。
「成型の工程中は、汗びっしょりになるくらいの暑さ。夏には室温が50℃くらいになることもあるんです。そのため、工房と住居は一緒にせず、お互いの距離は10歩くらいかな?建物は別ですが、仕事と暮らしが隣り合わせの生活を送っています」
聞けば、以前は岐阜県にある商業ビルの一角を借り、制作に励んでいたという。契約更新を機に自らのアトリエを設けることを画策するも、なかなか条件の合う物件が見つからず、現在の場所に巡り合うまでに費やした期間は、なんと2年以上。
「岐阜のビルを退去してからここに移るまでの間は、東京と金沢に吹きガラスのレンタル工房を借りながら制作を続けていました。ずいぶんと時間がかかりましたが、この場所を見た瞬間、直感的に『ここだ!』と思って。今、思い返してみると、この静かさと抜けのある景色に惹かれたのかもしれません」
住まいは建築家の作品。暮らしの要素は足していけばいい。
平さん夫妻の住まいとアトリエが建つのは、かつての果樹園を更地にした土地。敷地の広さは、なんと500坪以上もあるそう。ふたりの自宅は広大な敷地を生かした木造の平屋建て。間取りも開放感たっぷりに、一切の仕切りがない0LDK。夫妻は「市街地ではあり得ないくらい、お手頃な価格でした」と笑う。
「自宅の設計は、尊敬する建築士の方にお願いしました。こちらからの要望は薪ストーブを設置して、外壁は縦の木張りにしたい、ということくらい。細かな注文はせず、どんな家が出来上がるのか、作品の完成を待ちわびるような感覚でしたね。私たちはそこに入れる家具にこだわればいいし、何か必要になったら後から足せばいいかな、と」
そうして完成した住まいは、存在感いっぱいに交差する梁や柱が印象的。レイアウトされた家具や雑貨も抜群の個性を放ち、その多くがふたりと交流のある作家さんたちの作品だそう。そして、「後から足せばいい」という言葉を現実にしたのが、ダイニングに面した、まるで秘密基地のような一角。
「映画監督のマイク・ミルズの自宅を写した写真に、こんなスペースがあったんです。押し入れのように深く窪んだ空間に本棚が設えられていて、すごく素敵で。収納として便利なのはもちろん、程よく閉じた感じが本を読むのにぴったり。読書に集中できます」
生活を囲むような木々の音が、私たちに教えてくれること。
平さん夫妻がこの土地に移り住んでから約15年。その15年間で最も変化したのが、広大な庭の景色。1本の木もなかった更地に苗を植えるところから始まり、今ではご覧のとおり、気持ちいいほどの緑が広がる。
「庭が美しければ、住まいの姿も美しく見える。そんな気がして、建築の写真を見ていても、ついつい庭に目がいってしまうんです。名建築の庭に特に多いのがヤナギの木。うちの庭にもヤナギをたくさん植えました。それにマツ科のトウヒも多いかな。玄関前に広いデッキを設えたのも、外の景色を満喫するためです」
「庭だけじゃなく、土地そのものの景色も最高です」というように、自宅の庭からは日本アルプスの全山脈を眺められ、まさに自然いっぱい。豊かな自然に囲まれた生活を送るからこそ、市街地ではなかなか感じられない、自然の変化が手に取るようにわかるのだそう。
「ここは標高が高く、夏でも冷房いらず。でも、この15年で明らかに気温が変化していて、部屋に置く扇風機の数も増えたし、災害が少ないエリアにもかかわらず、豪雨の回数も増えた気がします。嵐が来ると、怖いくらいに木々が揺れるんです。ここに住んでいると自然の美しさだけじゃなく、自然の怖さも変化も肌で感じられます」
そうした自然の変化をダイレクトに感じているからこそ、夫妻はオフグリッド、つまりは自給自足の生活を目指している。屋根にはソーラーパネルを張り、庭ではトマトやハーブを栽培。夫妻は「ガラス工芸には熱が必要。CO2の排出量が多い仕事だけに、今後はもっと自給自足を進めたくて。なるべく木を増えて、敷地内でカーボントレードができるように」と話す。
今の暮らしが“最高”の理由は、自然と娯楽のメリハリ。
自然の美しさも、怖さも変化も身近に感じられるほど、豊かな自然に囲まれた田舎暮らし。そうした生活に憧れ、地方移住を考える人が増えてきた昨今。一方、移住先の環境や人間関係になじめず、後悔する人が存在するのもまた事実。でも、平さん夫妻は「今の暮らしが最高!」と口をそろえる。
「移住というよりも、気軽に転居した感じでした(笑)。でも、それが良かったのかもしれない。田舎暮らしへの憧れが強かったわけでもなく、移住はあくまでもアトリエを開くため。その理想の低さが、功を奏した気がしています。とはいえ、移住して本当に良かった。今のところ、ほかでの暮らしは考えられません」
ほかでは考えられない、最高の暮らし。その理由はメリハリ。ガラス作家のふたりにとって、近隣に美術館や映画館のない田舎の環境は、本来ならちょっぴり窮屈。気の置けない友人と食事をするにも、遠方まで足を伸ばす必要がある。でも、夫妻いわく「必要があれば、休日に出掛ければいい」。
「夕方まで熱したガラスを吹いて、夜のうちに冷まして、また朝から制作に没頭して。職住一体の暮らしなので、普段は制作を軸にした生活リズムです。そのぶん、遊ぶとなったら全力投球。友人と飲むために東京にも福岡にも行くし、朝から晩まで遊び倒します。自宅に戻ると、国内なのに時差ボケを起こしているような状態です(笑)」
そうした時差ボケも、豊かな自然がもたらす澄んだ空気に触れるとすっきり。田舎にある豊かな自然と、都会にある豊かな娯楽。その両方を行き来するようなメリハリある暮らしが、夫妻にとっての最高を形づくっている。
- Photo/Takenouchi Hiroyuki
- Text/Kyoko Oya
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