一面ガラス張りの開放感。穏やかな自然光に包まれた2階リビング。
齊藤輝彦さん/アヒルストア
ワインバー「アヒルストア」のオーナー・齊藤輝彦さん夫妻が建てたこの家は、いい意味で住宅らしくない。コンクリート壁に囲まれた重厚な建物でありながら、一歩中に入れば、外とつながるシームレスな大空間。リビングの一面ガラス張りの窓からは、その日の空をアートのように切り取った大パノラマが広がる。ギャップのあるこの家の居心地のよさについて、夫婦に尋ねてみた。
- 齊藤 輝彦/直子
- ナチュラルワインが味わえるワインバー「アヒルストア」のオーナーである夫の輝彦さんと広告制作会社に勤務する妻の直子さん夫婦。直子さんの祖母の持ち家だった築50年を越える民家を引き継いで暮らしていたが、3.11をきっかけに建て替えを決意。建築に造詣の深い輝彦さんの想いが詰め込まれた四角いコンクリート造りの家は、メディアにもたびたび取り上げられている。
- Instagram - @ahiruani
外の景色が目の前に。プライベートを守るコンクリート壁の家。
コンクリートの壁に囲まれた、一見、家には見えないシンプルな四角い構造体。
この家に住むのは、東京・富ヶ谷にある食通たちが集うワインバー「アヒルストア」の店主である齊藤輝彦さんと直子さん夫妻だ。もともとここに建っていたのは、直子さんの祖母が住んでいた築50年は越える木造の古い一軒家。味わいのある建物が好きな二人は、リノベーションして住み続けることも考えたが、耐震性を考慮して家を建て替えることにしたのだという。
輝彦さんがイメージしたのは、仕切りになる壁がないワンフロアで、工場や学校のような大空間。それも、外から見ると閉鎖的な外見のコンクリート壁だが、しっかりとプライベートは保たれ、家の中には自然光が降り注ぐ家だった。
戸建住宅として、コンクリート造りというのは珍しい選択だったが、夫婦の思いは同じ。かっこよさは、素材に宿るものだという共通認識があったという。「コンクリートって建物の筋の部分だから、素材としてのすっぴん感が活きている。古いものが好きな僕たちでも、落ち着く家になるだろうと思ったんです」
一面ガラス張りが叶えた開放感。室内と外がシームレスなリビング。
リビングは2階にするということも、夫婦で相談し、始めから決めていたこと。「カーテンを使わずに過ごせる、明るい光が降り注ぐ空間にしたかったんです。そのため、吹き抜けの玄関ポーチには、外からの視線を遮断できるコンクリートの壁を設けました」
コンクリートの壁は、プライベートを守るという意味と、家の中に入る自然光を考慮して作られたもの。「一面ガラス張りの窓にしたおかげで、リビングはとても開放感があり、外を眺めていると、空間も広がったような感覚を覚えます。実はこの窓、南側だと光が強すぎるので、あえて北側に設けたんです。そのため、直射日光は入ってきませんが、ポーチの壁に自然光がぶつかり、柔らかい反射光が1日中部屋に降り注いでくるんですよ」
雨の日は、濡れた壁の模様がアートのように見えることも、住んでみてから見つけた発見だった。「雪が降ると、玄関ポーチに設置した照明にライトアップされて美しい景色が観られます。そうして、家の中にいながら外と繋がっているような気持ちにもなれるんです」
大空間の中で、夫婦が過ごす時間が一番長いというダイニングも、作り込むことはしなかった。無骨な業務用の冷蔵庫やシンクを置いたのも、飲食業を営む輝彦さんらしい選択だ。でんとした無機質な存在感も、輝彦さんが想像する工場のようなイメージとリンクする。
「デザイン性の高いモダンなアイランドキッチンよりも、昭和の町工場みたいなものの方が、機能的だと思うし、僕にとってはしっくりくるんです。業務用のものってとても使いやすいし、コストもかからなくていいこと尽くめ。お店でしていることの延長線みたいに作業ができるから、とても自然な流れだったんですよね」
キッチンとリビングを意識的に区分けしているのが、輝彦さんがDIYをして取り付けたL字型の吊り棚だ。「これがないとただの雑然とした空間になるので、LDKの中では重要な役割を果たしています。食器類や調味料など、キッチンで使うものは全部この棚の収納で賄えてしまうんです」
ダイニングテーブルも、夫婦と2人の子供が使うには十分すぎるほどの大きさだ。友人が多い夫婦にとって、みんなが気兼ねなく飲んで食べられる憩いの場の確保は、こだわりたいポイントのひとつだったという。「テーブルも、東急ハンズで板をカットしてもらって作ったスタンド脚に、サブロク(91cm×182cm)規格のベニヤ板を2枚乗せただけのものです。大きすぎて損をすることはないと思ってこのサイズになりました。大人数の来客があっても、これなら誰も居場所に困りません」
「キッチンの見えるところにあるもの、何でも使ってくれていいよ!」という直子さんの声掛けで始まるホームパーティも、大空間のリビングだからこそ、みんなが居心地よく過ごすことができる。
ラフなスタイルで温かくもてなす、齊藤さん夫婦らしい食の空間が広がっていた。
家族の人となりを教えてくれる。一枚板の画になる本棚。
大空間に映える、2階リビングの本の収納も、住宅らしさを感じさせない一因だ。ともに本が好きだという齊藤さん夫妻のこれまでの生き方を表現するように、料理やアート、建築に関する本や絵本、数々のライフスタイル雑誌の背表紙が壁一面に整列されている。
祖母の家で暮らしていたときは、数が多すぎて本棚に収まりきらないために、段ボールの中に仕舞いこんでいたが、そうすると、なかなか読まなくなってしまうことが悩みだった。
「“こんな料理を作りたい”とひらめいて何かを調べようとしても、そのとき手に取れる場所に本がないとアイディアが死んでしまうということが何度かあったんです。だからこそ、家を建てたら、アーカイブを残しておける本棚を作りたいと思って」
こだわったのは、6.3メートルの長さがある一枚板にしたことだった。継ぎ目のない板は素材感が立っていて、どこから見ても脳裏に焼き付く光景になっている。
スリット柱を6本つけただけのシンプルな構造だけれど、これもまた、“家具”といえない曖昧なものが好きな輝彦さんが意図したこと。シンプルな棚の上には、本以外にも、子供の写真やおもちゃに雑貨、CDなどが並べられ、家族の軌跡の集合体となっている。
ここが有意義なスペースであるのは、家を建てた頃に家族になった愛猫ブランも一緒。古道具屋さんから譲り受けた梯子をなんとなく壁に建てかけていたら、それを足掛かりにして本棚に登るようになり、いつの間にか自分専用のキャットタワーにしてしまった。
ちょっぴり人見知りの性格だから、誰か知らない人が来ると逃げ込むのもこの棚の上。家の中の一番高いところから、興味あり気な顔でみんなを見下ろしている。
都会に広がる空を独り占め。プライベートな屋上空間。
屋上がある家を作るにあたり、輝彦さんは、小さな期待を抱いていたという。「この土地は高台なので、もしかしたら、屋上から東京タワーが見えるかもしれないと思っていました。Googleマップをチェックして、周囲に視界を遮る背の高い建物がないこともわかっていたから、どうなるか楽しみだったんですよね」
それを確かめたくなり、いよいよ完成間近というとき、夜にひとりで屋上に上ってみたら、カンはぴたりと合っていた。赤く灯る東京タワーの光を確認したとき、「憧れていた東京に、自分の居場所をつくれたんだなぁ」という実感が湧いてきたそうだ。天気がいいと富士山まで見えるという屋上は、今、夫婦が息抜きをするための場所になっている。
「ここから見える月がきれいだから、ベンチに寝転びながらお酒を飲んで、月光浴をすると気持ちがいいんです。空を眺めたくなったら、屋上でワインやビールを楽しみながら2人きりの時間を楽しむこともあります」と輝彦さん。
コロナ禍の中、趣味で始めたハーブの家庭菜園も、日当たり抜群の屋上があるからできたこと。元気に育ったレモンタイムは、家やお店のキッチンで大活躍している。空気が澄んでいる日の夜空やオレンジ色に染まる夕日。屋上から見える空の表情は、ずっとここで過ごしたいと思わせてくれるものだ。
可変性があって、飾らない。自分にとっての“普遍的な家”。
“不完全なまま手渡して”とリクエストし、完成までに費やした歳月は約5年。四角い箱の中に、自分たちで必要なものを加えてきたLDKも、今がほぼ完成形だという。
「いつか僕たちが居なくなっても、誰かがこの家に住んでくれたらいいな、なんて想像することもあるんです。可変性のある家だから、自分の思うように楽しんでもらえるかなと思って」
自分たちなりの暮らしやすさを見つけ、彩る面白さを与えてくれる齊藤さん夫婦の家。自分たちにとっての、普遍的な空間の答えはここだから、愛すべき場所がいつまでもずっと続いてほしいと思う。そんな願いが数十年先、叶うような気がしてならない。
- Photo/Mitsugu Uehara
- Text/Ai Watanabe
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