信州蓼科への移住生活。仕事と暮らしがシームレスに交差する暮らし。
長野県茅野市にある蓼科高原。東に八ヶ岳、北には蓼科山を望むこのエリアで暮らすのは粟野龍亮さん。2014年に家族で移住し、現在はアーバンリサーチが運営する宿泊施設「TINY GARDEN 蓼科」の運営に携わっている。もともと避暑地として知られ、標高1000mを超える蓼科エリア。ここでの暮らし、仕事、日常は一体どのように流れていくのか。粟野さんの元を訪ねた。
- 粟野 龍亮
- あわの・りょうすけ|アーバンリサーチの展開するブランド「かぐれ」に勤務の後、結婚・出産を機に三重県伊勢市へと移住。2017年に長野県茅野市へ再度移住し、2019年夏からアーバンリサーチの運営する宿泊施設「TINY GARDEN 蓼科」の店長を務める。
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偉人も愛した蓼科高原で、「暮らすように過ごす」体験の提案を。
標高1250m、かつては著名人や文豪も通った別荘地でもある蓼科湖畔に、宿泊施設「TINY GARDEN 蓼科」がオープンしたのは2019年夏のこと。粟野龍亮さんは、この施設の店長を務めている。
TINY GARDENの特徴は、ただの宿泊施設にとどまらないところにある。
約4,800坪のフィールド内には、湖畔を含む3カ所のテントサイトのほか、一棟貸しのキャビンや温泉旅館をリノベーションしたロッジがあり、宿泊の選択肢はひとつじゃない。
そのコンセプトになったのは「暮らすように過ごす」こと。
自身のギアを持ち込んで本格的なキャンプを楽しむことも、身ひとつでBBQや焚き火を楽しんだ後はホテル並みの設備が揃ったロッジで過ごすこともできる。自然のフィールドでどう過ごすかもどう関わるかも、自由に選ぶことができるのだ。
粟野さんが長野県へ移住してきたのが2017年のこと。茅野市の地域おこし協力隊を経て、2019年にTINY GARDENの店長に就任した。
よいモノではなく、よい空間を提供する人になりたい。
もともとはアーバンリサーチの展開するコンセプトショップに勤務していた粟野さん。
「仕事の一環で作家さんの元を訪れるうちに、自分は“作家さんの暮らしや、その場の空気感”に惹かれていることに気づきました。モノの売り買いではなく、そういう時間や場所を提供できる側になりたい、と」。
TINY GARDENへの誘いは、突然のことだったという。「前職でお世話になっていた上司からBBQに誘われたんです。『みんな集まるから、来なよ』みたいな。いざ行ってみたらお偉いさんたちがたくさんいて、これは様子がおかしいぞ……?と思って」。
「話を聞いたら、地域に腰を据えた事業にしたいということでした。そのために、立ち上げから私に関わってほしいとも。今までの経験がすべて活かせる、不思議なご縁だと思いました」。
地域おこし協力隊の活動を通じて、築いていた生産者さんとつながりも生きた。地元のクラフトビールやコーヒー、地産野菜の販売などを行なっているほか、週末には地域の人を巻き込んださまざまなイベントが行われ、今では地域内外の人が交差する場にもなっている。
「肩書きは『店長』ですが、なんでもしますよ。イベントの企画から、草刈りや雪かきまで。施設の整備や補修もできるだけ自分たちでやりますし、最近では樹木のケアもはじめました。ガーデンスクールという形で地域の樹木医や木こりに教えてもらい、みんなで手を動かしながらお客さんと一緒に自然との付き合い方を考えています」。
ここTINY GARDENで暮らすように過ごしているのは、お客さんだけではない。この日、粟野さんは2人の娘さんを連れて出勤していた。
「今日は妻が1歳児の娘を連れて出掛けているので、上の2人を連れてきました。普段からこんな感じで、一緒に出勤してきた時は自由に森で遊んでいますね。たぶんこの子たちは自宅の延長くらいにしか思ってないでしょうね」。
家づくりも自分たちの手で。仲間とつくった手触り感のある住空間。
職場であるTINY GARDENから車で20分ほどの場所に、粟野さんのご自宅はある。もともと別荘だった建物をリノベーションし、住みはじめたのが2021年5月のこと。購入から約10ヵ月の時間をかけて、知り合いの大工と一緒に自身でもDIYをしながら完成させた。
自ら家づくりに参加したとあって、自宅の至る所にそのこだわりが見て取れる。リビングのメインテーブルにかかっているランプシェードは、ショップスタッフ時代に出会ったチタン作家さんの工房で、1日かけて完成させたものだという。玄関に飾ってあるアートや食器なども、当時から好きだった作家さんの作品たちだ。
「お気に入りの食器や小物を置きたくて、『ニッチ』をたくさんつくった」のは粟野さんのこだわり。リノベーションでは、もとの壁をそのまま生かしたり、剥がした床板や切り出した柱を棚板にしたりと、使えるものはうまく活用。キッチンのカウンターにも古材が使われている。
また、自然に近い暮らしをする中で、エネルギーをできるだけ使わなくて済むようリノベーションによってエコハウスを目指した。薪ストーブを入れたのも、その視点から。
「週末には子どもたちを連れて山に入ることもあれば、庭で薪割りをしたり薪小屋を作ったりと、アクティブに過ごすことも多い」と話す、粟野さん。玄関には大人用に混じって子どもたち用のトレッキングシューズが並んでいた。
山登りやスキーのギアで溢れた「趣味のスペース」は、室内とウッドデッキをつなぐ間の空間に設けている。雑多なようでいて、空間をうまく使った収納とレイアウトになっているが、「すでに手狭なので、近々庭に小屋を建てたいと思っている」とのこと。
仕事で培ったDIYスキルが自宅でも活かされる。
自宅のDIYに生きたのが、TINY GARDENでの経験。キャンプ場のウッドデッキの補修やキャビンの水漏れなど、細かな修理は自分たちで調べながらやってきた。地域おこし協力隊として観光施策を行なっていた時も、キャンプ場の運営でも、軸になったのは「身近な人たちと一緒にやること」。
以前から交流のあった諏訪の「リビルディングセンター」に家づくりの設計やデザインを依頼。実際に手を動かす部分でも知り合いの大工に入ってもらいながら、自身でも壁を塗ったり床を貼ったり棚を作ったりと、多くの作業を共にした。
それでも「自宅はまだ完成していない」と話す粟野さん。
「もともと避暑地の別荘なので、夏場に使用されることが前提のつくりになっているんです。屋根の軒が長いので短くしなきゃいけないし、ウッドデッキも壊れているところを直さないといけなくて。やることは常にありますね」。
やることは多いが、そのぶん退屈しないのがここでの暮らしだという。
作業場にもなっているウッドデッキや庭には、粟野さんが「朝の日課」と話す薪割りの成果でもある薪が、あちこちに積み上げられている。
いい意味での「公私混同」が、仕事と暮らしを豊かにする。
粟野さんは、いまの暮らし方について、「プライベートと仕事がシームレスになって、いい意味で“公私混同”している」と話す。
TINY GARDENでのDIY経験が自宅で活かされることもあれば、仕事で出会う野菜農家さんに教わった「おいしい野菜の食べ方」を自宅で実践してみることもある。
一方で遊びや暮らしを通じて出会った人と、なにかできないかと新しい企画が立ち上がることも。自分たちが暮らすなかでこの土地の魅力だと感じることを、お客さまにお裾分けするような感覚なのだとか。
そんなビジネスとプライベートの境界を溶かし、暮らしと仕事の距離が近づくことによって生まれる価値が、たしかにある。
「森で過ごすことの楽しさや魅力を、お客さんにも子どもたちにも伝えていきたいんです。まあ、長女は最近『モデル』に興味があるようで、都会への憧れを抱きつつあるんですけどね。こんなに自然の中で暮らしているのに……」そう笑う粟野さん。
仕事と暮らしがシームレスにつながっている状況は、それぞれに豊かさをもたらしてくれる暮らし方のひとつなのかもしれない。
- Photo/Takahiro Kikuchi
- Text/ Iri Kimura
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