- 力丸 聡さん/濱家 ひなたさん(名称未設定株式会社 代表/クリエイティブディレクター)
- りきまる・そう/はまいえ・ひなた|広告代理店の制作担当をフリーランスとして経験し、およそ10年前、不動産仲介会社の新規事業として、“泊まれる本屋®︎”「BOOK AND BED TOKYO」を立ち上げた。現在は、そのときの中心メンバーとともに「名称未設定株式会社」を運営している。メンバーのひとりである濱家さんは、日本美容専門学校を卒業後、美容師として1年間活動。その後「BOOK AND BED TOKYO」で約3年半働き、退職。「名称未設定株式会社」のクリエイティブを担当しながら、ヘアメイクの仕事などもおこなう。
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この部屋、一体なに?
もう一度言うが、ここは、住まいでも、事務所でも、撮影スタジオでもある。常に住んでいるひとはおらず、でも、5、6人が一度に集まることもある。言うなれば、ここは彼らのセカンドハウスであり、セカンドアトリエなのだという。
「僕らは制作を主にする事業体なので、撮影スタジオがあったら便利だし、仕事はテレワークだけどたまに集まる場所があったほうがいいし、地方のメンバーが泊まれる場所になったらいいだろうと思って」
かくして代表の力丸さんは、およそ1年前に、「ライトな気持ちで」ひょいとこの部屋を借りることにしたのだとか。
雇用形態はさまざまだが、チームメンバーは6、7人。仕事内容に応じて必要なときに必要な人数が集まってここで制作の仕事をして、かたや、おのおのがフリーランスとしても活動している。その関係は、“同僚”とも“友達”ともつかない。ちょうどいい言葉を探しあぐねていると、力丸さんは、“ゆるい運命共同体”と言い表した。
「日頃一緒にいるからには、みんなそれぞれのやりたいことを実現したほうがハッピーだと思うんです。そのために、ここを自由に使ったらいいし、まぁ仕事もしなくちゃいけないしねっていう感じ。仕事とプライベートを綺麗にセグメンテーションしているわけでもないし、この集まりをどう定義づければいいのかもわからない。そもそも、する必要があるのかも」
仕事と暮らしが、混ざり合い切らない。
住居、事務所、スタジオ、という3つの機能をつつがなく叶える物件はそうないが、力丸さんは、この部屋にその可能性を見出した。
「じつは以前、“泊まれる本屋®︎”がコンセプトの『BOOK AND BED TOKYO』というホステルの立ち上げと運営をおこなったことがあって。その1号店は、雑居ビルのなかに本棚をぶち込んで、宿泊機能を持たせたものでした。古い躯体を生かして最低限の家具だけでつくったその空間は、文脈的に、この部屋やいまやろうとしていることと、とても似ています」
たとえば、ワンルームを前後に仕切るごとくあつらえられた木製の壁。それによって、リビング(兼スタジオ)と、客間がゆるやかに隔てられている。そしてその上にはロフトがあり、ベッドを置いた。仕事と暮らしが、混ざり合いながら、混ざり合い切らない。そんな設計に、この物件はそもそもなっている。
「仕事とプライベートに明確なセグメンテーションがなくていいのと同じように、空間も、“グラデーション”でいいと思っています」
力丸さんのなかで脈々と続く空間選びや空間づくりの作法が、この部屋にも息づいていて、また“ゆるい運命共同体”である彼らのその曰く言い難い関係性が、じつは、この部屋にそっくりそのまま表れているのかもしれない。
家具選びの指針は、すぐに撤去できること。
普段、どんな風に撮影をおこなっているのかが気になって聞いてみると、リビングに置かれた2人掛けソファをおもむろに持ち上げる力丸さん。
「リーン・ロゼのこのソファと、こっちのコーヒーテーブルを外せば、ここはただのコンクリの“箱”なんです。一瞬で撮影の準備が整います」
リーン・ロゼのソファは、女性がひとりで持ち上げられるくらい、とにかく軽いことで気に入っているという。また、客間にあったセンチュリー(スタジオ撮影用の機材)をハンガーラックに見立て、上着などを掛けられるようにしてあるが、これも撮影のときには本来の用途に早変わりする。
仕事と暮らしの切り替えを、いかにスムーズにおこなえるか。用途に応じてしなやかにトランスフォームすること。すぐ撤去できて、それでいて機能的であること。そうした基準が、家具・インテリア選びに通じているみたいだ。
一方、ただ好きで選んでいるものもあるという。
たとえば、デンマークはコペンハーゲンのデザインスタジオ・FRAMAのコーヒーテーブルは、アルミ削り出しで成形された継ぎ目のないデザインがお気に入り。
「この物件の、“躯体そのまま”という文脈に沿っていると思います」
また、鏡面仕上げのアルミチェアは、冬は冷たいのでだれも座らないと苦笑いしながら、機能そっちのけで選んだのは、やっぱり躯体との馴染みのよさゆえ。
「基本的に、加飾されすぎていないものが好きですね。躯体をどう生かすかみたいな物件だと思うので、極力、邪魔にならないもの、シンプルなものを選ぶようにしています」
部屋という“箱”が、自分たちのアイデンティティーに。
住居、事務所、スタジオ、3つの目的をぜんぶ完璧に叶えることにことさらこだわらないがゆえ、ぜんぶがかなった、この部屋。「この“箱”を起点にクライアントワークも増やしていきたいし、自分たち自身がやりたいと思える事業もソフトスタートしたい」と、強かな想いも込めながら、いま彼らは、インスタ上に日々の出来事をつらつらとアップしている。
「店舗ビジネスでもなければ創造物があるわけでもない僕らのような事業体においては、その実態を表す役割を、オフィスの存在が担うと思います。だから、いまは実業していなくても、仮の実態をインスタ上に置いておく。そうすることで、とりあえず認知の入り口だけはつくっておこうかなって」
今後どんなカタチになるかはさておき、まずは“箱”をこしらえることで動き出すこともある。部屋づくりのそんな捉え方がとても新鮮だ。
ちなみにインスタの最初の投稿には、「なんだろねこれ。なんなんだろうね。なんでもいいんだけど」とある。取材前は肩をすかされたように感じられたその言葉も、いまや、彼らとこの部屋をこれ以上なく的確に表現した、とても素直な言葉に聞こえた。
- Photo/Shintaro Yoshimatsu
- Text/Masahiro Kosaka(CORNELL)
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