イームズハウス×蔵造り。美容師夫妻のセンスを受け止める、ギャラリー顔負けの一軒家。
ともに美容師の平野夫妻は、鎌倉の街でプライベートサロンをいとなむ。夫・裕也さんは、それまで働いていた東京からはなれ、故郷の長野県松本に店を出そうかとも考えていたおり、その心象風景と重なる鎌倉エリアに心をさらわれた。2021年、ほどちかい葉山町の山あいに建てた一軒家は、夫妻が好むインテリアや空間づくりとその土地のゆかりが見事に折り合った、ギャラリーさながらの眼福な居住空間だ。
- 平野 裕也/よしみ(美容師)
- ひらの・ゆうや/よしみ|もとは東京の同じサロンで美容師として働いていた裕也さんとよしみさんは、ともに美容師歴20年。2016年、美容室「wakuna/ワクナ」を鎌倉にかまえ、2021年に葉山に一軒家を建てた。
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“イームズハウス”と“蔵造り”を、たくみに掛け合わせる
世界各国のインテリアやオブジェ、民藝品といった品々が、木とモルタルを使ったイームズハウスさながらの空間に、ずらり。ここは、美術館や民藝館ではなく、生活空間である。
もとは築40~50年の古民家が2軒建っていたという、山あいのこの土地。山側は、これ以上建物を建てられない市街化調整区域ということを知り、ならばと一面を大開口にしたのだという。
イームズハウスと蔵造り。その盤石の“土台”にも、そこに散りばめたあらゆるインテリアや雑貨にも、夫妻のセンスのよさが如実に滲み出る。「こういうのが、ずっとやりたかったんです」と、しみじみと家のなかを見渡す夫・裕也さんにとりわけ気に入っている場所を聞くと、「家っていうよりかは、外になっちゃいますね」と、意外な答え。
「つい最近は、露天風呂をつくったんですよ」
大開口の窓をするすると開け、誘われた庭の片隅には、たしかにウッドデッキとユニットバスがある。息子さんと共にDIYしたのだという。
「これで水風呂ができるってことは、次はサウナつくらないとな、とか。去年は芝を張ったり、子どもの友達が遊びにくれば流しそうめんをしたりとか、休みの日の使い方は、すっかりそういうのが多いですね」(裕也さん)
ゆたかな自然に抱かれたこの場所だから、庭に露天風呂やサウナをつくるという豪快な発想がもたらされるのかもしれない。そんな庭からのこの家の眺めも格別で、なにより庭で過ごす時間がこのうえないという裕也さんの言葉にも、さもありなんとうなずける。
空間づくりの夢を叶えるために、美容師になった
「庭にはいつか、ギャラリー施設もつくりたいと思っていて」とも続ける裕也さん。空間づくりにおいてどんな英才教育を受けてきたのかと思いきや、「親父も母ちゃんもぜんぜんオシャレでもなんでもない、八百屋の末っ子です(笑)」と、思い当たる節はないとあっけらかん。
それでも少しだけ考え込んだあと、「四男なので、自分の部屋っていうものを専門学生の頃にようやくもらえて。いまさらとは思いつつも、絵を飾ったりインテリアにこだわったり、そういえば自然としていましたね」と、記憶をたぐり寄せる。
「実家が八百屋だったので、大学行ったり、スーツ着て働いたりっていうのより、『お店を持ちたい』と高校の頃から思っていて。それで選んだのが、たまたま美容師だったというか」(裕也さん)
少々乱暴な言い方をしてしまえば、空間づくりの夢を叶えるために、美容師になったということ。いわずもがな、いつか理想の我が家を建てたいとも、かねてから願ってきた。
とはいえ、古きよきものを愛する裕也さん。それゆえ最初は、新築の一戸建てについて「新しすぎちゃうんじゃないか」とネガティブな印象を抱き、ならばと中古物件のリノベーションを検討したものの、それはそれで、ドンピシャの物件を見つけるのがなかなか難しい。そんなおり、美容室のお客さんづてに紹介されたのが、設計士の稲山貴則さんだった。
「稲山さんの施工例を見て、『あ、新築もいいかも』って初めて思えたんです」(裕也さん)
個性的なインテリア選びが生きる、節度あるリビング
稲山さんが、裕也さんの好みをのっけからすっかり汲み取って、その個性がしっかりと生きるような空間にとはからいあつらえたのは、イームズハウスと蔵造りをベースにしたあくまでシンプルな“箱”。
山の斜面という難しい土台をむしろ活かすように、スキップフロアにし、リビングを中2階にもうけることで、日差しがたっぷりとそそぐように。リビングを中心に、一方には子ども部屋を、もう一方には寝室を、と左右に配置した構造も潔い。
木材を無垢のままふんだんに使いながら、リビングは床だけモルタルに切り替えることで、「カントリーっぽくならないように」と、裕也さんは、自分好みの家具や雑貨を置いた様子を想定しながら、節度ある空間づくりを心がけたという。
とりわけ好きこのむのは、経年変化の色合いや風合い。たとえば、リビングでひときわの存在感を放つフロアライトは、6、70年代にフィレンツェで活躍したという若手建築家グループ・SUPER STUDIOによるもの。開閉するシェードが飴色なので、いかにもといったいやらしさがない。
シェルフは、イギリスの Ladderax(ラダラックス)のもので、棚板やボックスは好きな位置に組み替えて使うことができる。裕也さんが昔から集めてきた世界中のインテリアやオブジェ、民藝品、書籍などが詰め込まれ、新しく買い物をするたびに新陳代謝するディスプレイだ。
「異素材を組み合わせることも意識しています。たとえばリビングの壁は茶色いので、できるだけ発色のいいものや、クリアな素材のものを取り入れようとか。そういうバランスは大事にしているかもしれません」(裕也さん)
おばあちゃんになったとき、似合うはずのキッチン
木とモルタルを使った落ち着いた雰囲気のリビングの奥には、打って変わって、さまざまな色が飛び込んでくる異空間なキッチン。「ここだけは好き勝手しようと思って」と、チャキチャキ教えてくれたのは妻のよしみさん。
「おばあちゃんになって、頭が真っ白になったときに似合うキッチン」がテーマで、それゆえ本当の意味で完成するのはまだ当分先なのだと、カラフルなキッチンに負けないくらい明るい笑顔がはじける。
切り替えられたフロア材にも、こだわりがひとしお。自分たちで選んだ石材を、好みの大きさに割って配置。そのうえから左官を流し込んで研磨して仕上げたという。
「新築の頃は左官部分が真っ白でしたが、だんだん傷や汚れがついて、いま、とても好きな雰囲気になっています。この感じがいいので、あえて綺麗に掃除しすぎないようにしているくらい」(よしみさん)
また、キッチンタイルの目地には黄色を選び、爽やかさを抑えめに。
経年変化や、古くなってこそよく感じられるものをたっとぶという意味では、おもむきこそ違えど、裕也さんもよしみさんも同じように、いまより未来を見ている。
「お父さんは、リビングがメインでキッチンがサブだろうけど、私からすると、むしろリビングがサブでこっちがメイン。そうやってバランスが取れているんだと思う」(よしみさん)
子どもたちの目線に立って、想像力を掻き立てる
キッチンの棚板の一部は、底面だけが黄色く塗られている。なぜ?と首をかしげていると、「子どもの目線からだけ見えるように」と、種明かししてくれた。「子どもたちの目線の位置には、できるだけ色があったり、ヘンなものが置いてあったりと、遊ばせたくて」という遊び心、もとい、親心のあらわれ。
いっぽう裕也さんも、「親父と母ちゃんの、よくわからないだろう趣味に付き合わせてしまってますけど、そういうのを見て大きくなった彼らが、家に絵を飾ったりするのを自然と当たり前に思うようになってくれたら、うれしいですね」と、ひそかな願いを打ち明ける。
ちなみに子ども部屋もリビングに似てシンプルそのもので、ぬいぐるみやおもちゃ、彼らふたりが描いた絵や日記などが、思いのままに散りばめられた壁は、キャンバスさながら。
部屋の真ん中にはレールがあって、いつかそこに扉をあつらえれば、兄妹それぞれの部屋に分かれるユニークな仕掛けに。部屋の両側に出入り口を設けたのは、分かれたそれぞれの部屋から出入りすることを可能にするため。
また、兄の部屋になる側には、裕也さんがひとり暮らしをしていた頃に使っていたという照明を、妹の部屋になる側にはよしみさんが一人暮らしで使っていたものを、それぞれ吊るした。シンプルに見えて、粋な遊びやさりげない余白がある、想像力を掻き立てる空間だ。
「いろいろ狙ったわけではないんですが、子どもたちには、ヘンに枠に収まらず、とにかく自由でいてほしいですね」(裕也さん)
終の棲家として、いつまでも育てていく
空間づくりへの好きが高じて、20代半ばの頃には、その道へ舵を切ろうかと迷ったこともあるという、裕也さん。理想の我が家を建てたいまも、それだけにあきたらず、つね日頃からリサイクルショップを回ったり、子どもと一緒に露天風呂をつくったりと、その意欲や構想は、まだまだ膨らむばかり。
そんな裕也さんだからなおのこと、一軒建てると、もう一度建てたくなるのでは?と家づくりのあるあるを投げかけてみると、むしろ、ここを終の棲家とすら考えているのだと、よどみない。
「またつくるより、ここを育てていきたい気持ちのほうが断然強いですね。それを考えてデザインしたのもあるし、インテリアにしてもなんにしても、僕はやっぱりそういうのが好きだから」
- Photo/Sana Kondo
- Text/Masahiro Kosaka(CORNELL)
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